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執筆者の写真日浅 芳一名誉院長

心臓も“気絶する”ことがある

夫の葬式の最中急性心筋梗塞症として救急搬送された


70歳前半の女性が夫の葬式の最中に胸苦しくなりかかりつけ医を受診しました。心電図で広範囲にわたる心筋梗塞の所見がみられたため、重症心筋梗塞症として当院に救急搬送されました。救急車から運び出された患者さんに話しかけると、「先生、私本当に重病でしょうか?ほんの少し胸苦しいだけなのですが」と答えます。見た目にも重症心筋梗塞とは思えません。心電図を改めて見直しますと、広範囲心筋梗塞に酷似していますが、別の病気が考えられました。強いストレスのため心臓の筋肉(心筋)が“気絶“し、広範な部分が一時的に動かなくなる病気です。患者さんは安静のみで約1月後に元通りの心臓に回復されました。




人は深い悲しみや強いストレスを覚えると意識がもうろうとなり倒れることが時にあります。心臓でも似たような状態になることがあります。たこつぼ型心筋症あるいは気絶心筋症と呼ばれる病気です。この病気は身内の不幸や激しい口論による精神的ストレス、あるいは気管支喘息発作等の急な身体的苦痛、地震や火事などの災害ストレスを契機に発症します。ごく稀には結婚式や宝くじに当たるといったような幸福の絶頂期に発症したとの報告もあります。

こうした出来事によって交感神経が活発になり、血液中にカテコラミンと呼ばれる神経伝達ホルモンが大量に分泌され、心筋が障害されて一時的に“気絶”した状態となり動かなくなるのです。徐々に回復し約1カ月程度で元の心臓の状態に戻ります。病気の初期に左心室(心臓の部屋)を観察してみると、この病気では尖端の心尖部と呼ばれる部分が動かなくなり、逆に手前の心基部と呼ばれる部分は過剰に収縮する様子がみられます。この形態がタコ漁の際に使用するたこつぼに似ていることから、「たこつぼ型心筋症」という名称がつけられました。

心筋を還流している冠状動脈に閉塞が無いことで急性心筋梗塞症と区別されますが、次のようなことでも診断がほぼ可能です。この病気の90%以上が60歳以上の高齢女性に発症すること、心電図で顕著な異常所見がある割には症状が軽いこと、心電図異常が冠状動脈の支配領域と一致しないこと、心エコー検査で上記の特徴的な左心室形態が観察されることです。

一般的に経過は良好で、1ヶ月程度で何の跡かたも無く良くなる方が殆どです、しかし、稀に病気の初期に心不全や命に関わる不整脈、心臓破裂を生じることもあるため、入院して落ち着くまで経過をみることが必要です。

ストレスが強い状況にある高齢の女性で、もし胸の痛みや圧迫感を感じたならぜひ受診して下さい。



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